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『ケンブリッジ見聞録』50

时间: 2016-04-19    进入日语论坛
核心提示:TownGown英国ではケンブリッジのような大学町の市民たちと大学側の関係を称して「Town & Gown(タウン?アンド?ガウン)」という
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 Town & Gown
 
英国ではケンブリッジのような大学町の市民たちと大学側の関係を称して「Town & Gown(タウン?アンド?ガウン)」という。
 
「Town & Gown」という名前のパブもある。タウンはもちろん街および市民である。ガウンというのは大学教授?大学卒業生?裁判官などが着る黒い長い上っ張りで、つまり大学関係者を指す。オックスフォードが大学の中に街がある、といわれるのに対し、ケンブリッジは街の中に大学があるといわれる。ケンブリッジはなるほど歴史があり、かつ美しい街だが、そこから各カレッジの建物を除き、チャペルを除き、庭を除いていったら、残った街自体は大して魅力的ではないともいわれている。
 
もともといくつかの有力カレッジは、何百年も前から街の中心のかなりの部分の不動産を有していて、商業地域での大家さんと店子という関係も成り立っている。ところがこれだけ大学と街が入り組んで立地しているにも関わらず、タウン(市民)とガウン(大学)との関係は案外希薄である。一部ではタウンとガウンの間に根強い確執があるというが、というよりもむしろ市民の無関心さが目立つ気がする。私はタウンにもガウンにも知合いがいるが、タウンの人々が大学についてあまり知らないことに驚かされることがある。
 
たとえばクリスマス?イヴに朝からキングスカレッジに長時間並んで午後からの礼拝に出た。これは毎年BBCで全世界に生中継されるほど有名なものである。私たちがそれに出たというと、皆口々に「よく切符が手に入ったわね」「高かったでしょう」などという。高いもなにもこれは礼拝なのだから切符など必要ない、必要なのはただ列に並ぶことだけなのだというと、「へえ」という顔をする。ずっとケンブリッジに住んでいて一度も行ったことがない人など珍しくない。
 
学問の場であると同時に観光の穴場であるカレッジは、入場料をとったり関係者以外立ち入り禁止にしているところが多い。しかし街の中心部を占めるいくつかのカレッジは一般市民の通り抜けを認めている。街の喧騒を避けて一時散策を楽しみながら近道ができるのである。もちろん犬を連れたり、自転車で入ってはいけない。節度を守ってのことである。入場料を科しているカレッジも、ご近所さん(大学のチャペルから半径12マイル以内)に限っては申請すれば入構証を発行してくれる。 その他にも大学ではさまざまな催しを一般に公開しているのだが、意外と利用している人は少ないようなのである。
 
ところで私は市民の大学ともいうべきコミュニティカレッジの講座の一つで、ケンブリッジを探索するコースをとっている。これは10人程度のグループで週一回あちこちのカレッジや教会を訪れて、その歴史や建物について学ぶものである。ここの参加者は、ケンブリッジおよび大学に興味を持っているタウンの人たちといえる。
 
とあるカレッジでのこと。ポーターと呼ばれるカレッジの番人の態度がなんとなく尊大なのである。直接交渉にあたる講師はあまりの対応に憮然としている。このカレッジには貴重な古書(print)や写本(manuscript)のある図書室があるのだが、入る前に大きめの手荷物はすべて置いていくように指示される。陳列してある図書に鞄をぶつけていためる恐れがあるというのだ。しかし入ってみると陳列物はガラスのケースに収まったままでぶつける余地もない。しかもカレッジ見学に付き物のチャペルは内扉が閉まったままで、外から内部を覗き見て終わりである。
 
他のカレッジを訪れた時も、入り口で許可を得ているにも関わらず、連絡が不行き届きで途中で尋問されたりしたことがある。予定していたところに直前になって入れなかったりする。どうも非協力的なのである。「見せてやってる」という態度が見え隠れする。
 
一方、訪問研究員協会の主催でもいくつかのカレッジの見学ツアーが企画される。当然行き先が重複する時があり、先日は件のポーターのいるカレッジを訪れた。ところがその見学者の扱いにあきらかに違いがある。講座で訪れた時より人数が多いにも関わらず、荷物を置いていけ、などと一言もいわれない。遠目に前回入れなかったチャペルのドアを開けているのが見える。
 
私の属したグループは真っ直ぐ図書室に向かう。中に入って、係の男性の長い挨拶に迎えられる。自分の経歴までも話した後、曰く「ようこそいらっしゃいました。今回は訪問研究員の皆さんには特別に、普段は公開してないところまで入っていただけます。ただし絶対手で触らないでください。さあ、ずずずいっと奥まで進みになってたっぷりとご覧ください。」驚きである。前回はガラスケースに陳列されたごく一部しか見られなかったのだ。奥の方に写本の現物が何冊も広げられている。思いがけない僥倖に興奮気味に見て回る。ため息が出るほど美しい装飾を目の当たりにする。何百年も前のものとは信じられない色の鮮やかさ、細工の緻密さである。司書達も次々と浴びせられる質問ににこやかに答え、時には要望に応えてページをぱらぱらとめくってみせたりしている。それぞれの本の脇にはそのページを写した全紙版のデジタル写真も添えられている。ちょうど近々行われる展示会のための準備中とのことである。
 
その後チャペルに向かう。当然のように中まで見学し、美しいチャペルを堪能した。
 
それにしても、一体この待遇の差はなんなのか。
 
コミュニティカレッジは子どもの集まりではない。振る舞いをわきまえている大人である。使用中ならともかく内扉一つ開けるだけのチャペルに、なぜほんの10分程度立ち入るための便宜を図ろうとしなかったのか。訪問研究員という、いわばガウンのお客さんに対して手厚いもてなしをするというのは分かる。しかし、タウンの人々に荷物を置いていけなどというのなら、ガウンの人々にも荷物を置いていくよう要請してしかるべきである。学術関係者といえどもその専門はさまざまであり、ある分野以外には門外漢である。その点においてはタウンの人々と変りはない。
 
たまたまそういう催し物があるから参加するいわば「ぽっと出」の訪問研究員と、地域のことについて継続的に学んでいる地元民と、どこをどう押せばそのような差がつけられるのだろうか。タウンとガウンの乖離はこのあたりのガウンの態度にも原因の一端があるような気がする。もちろんカレッジによって独自の方針を持っていて、その対応がさまざまであることはわかる。しかしカレッジが修道院だった時代ならいざ知らず、ガウンあってのタウン、タウンあってのガウンではないか。よそ者ながらこのような状況は惜しいと思う。
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